差別の構造(6)

  • 2020.05.09 Saturday
  • 18:43

私なら、やっぱりまず白人を見たら息を止めて、さりげなく距離を

取るだろう、と思いました。但し、あからさまにはやらず、あくまでも

「さりげなく」−日本人だと、こうなりますね。

そしてフランス語を話しているのがわかったら、電車なら車両を変えるし、

施設内ならそこを出ます。道路で道を聞かれたら、しゃべる言葉と訛りに

よって、取る距離を考えますね。でもこれは差別?最低限の自己防衛?

 

そしてもし日本国内で、もしのべつまくなしに「白人を露骨に避ける」と

いうことが起こったら、自分の夫と子供達は、いわれなき迫害を受ける方

になります。これは悩むだろうな、と思いました。

「差別」と「自衛手段」の線引きは、どこにあるのかと。

ただ、「露骨にそれらしきものを忌み嫌う」というのは、既にやつあたり

じゃないでしょうか。自分の中の不安を、何かへの憎しみに変えているだけの。

 

と、ここで、息子が保育園の時に、ルックスが日本人と同じじゃないという

理由で、2年ほど徹底的にいじめられたことを思い出しました。

差別やいじめなどの辛い思いは、やった方はすぎてしまえば忘れてしまうけど、

やられた方はなかなか忘れられないし、克服するのに時間もかかります。

 

4/24にご紹介した

【日本赤十字社】「ウイルスの次にやってくるもの」

の中で、「非難や差別の根っこに、自分の過剰な防衛反応があることに気づこう。」

というくだりがあります。

確かに、他人を差別したり、いじめたりする人の心は、人一倍弱くて、

「恐怖」におののいています。

だからこそ、無意味な恐怖心を持つのはやめよう。

不安になるのをやめて、いつも通り笑おう、というのがこの動画の主旨でしたが、

本当にそうだなぁと思います。

 

私が今までこの目で見たり、体験してきた「差別の構造」の奥底には、

必ず「相手へのコンプレックス」か「漠然とした何かを恐れる心」がありました。

それは、その人が差別する対象の人が、実際に何かをしたからではなく、

差別する人の心の中で「勝手に生まれた恐れ」が原因です。

自分で勝手に生み出して、勝手に育て上げ、勝手に(直接因果関係のない人を)

忌み嫌いだすのです。

 

周囲との違いを認め、思想や境遇や肌の色に理由を押しつけるのではなく、

世界中の人が自分の心の中にこそある「無意味な恐れ」を取っ払ったら、

今のコロナ禍も、もっと大きな心で人類全体で団結し、超えていけるのかも、

と思う私です。

 

この連載を読みながら、皆さんも自分のケースにあてはめて、何か1つでも

真剣に考えて頂けたでしょうか?そんなきっかけになったのでしたら、嬉しく

思います。

コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM