久しぶりに、カタい話題を取り上げましょうか。
私がヤブロネックスに入社した頃、会社は国営会社でした。
チェコの本社から、年に幾度かやってくる極東地域への輸出責任者は、大抵チェコの一流大学を卒業した、外国語を数ヶ国語は平気で操るエリートばかり。自分たちのことを、「大使館の商務官か、それ以上の存在」だと信じて疑わない、プライドの高い人たちでした。
インテリなだけあって、話題も豊富でした。ビーズやガラス産業のことだけでなく、自国の経済・歴史・芸術の分野に至るまで、幅広い知識と、その人なりの持論を持っていました。
チェコ人にとって命の水である「ビール」(
この記事一番下の「ボヘミアのビール(1)、(2)、(3)」を参照)を、共に延々と飲みながら、それぞれの人の話を聞くのも、若かった私にはおもしろかった。
さて、そんな会話の中で、
チェコ人はビールなんぞで決して酔っぱらいやしませんが(やはり、この記事一番下の「ボヘミアのビール(1)、(2)、(3)」を参照)、血中によくよくビールがまわってくると、ふと心の底にある本音を、ぽろりと出してくることがあります。なんと言いますか、直接的な表現はしないものの「アジア人、黄色人種に対する蔑視感」というものが、白人である彼らの深層心理にはあるんですね。しかもこうしたエリートの99%は男性ですから、「女性に対する優越感」も持っている。
私の最初のボス(上司)は、普段はレディーファーストでやさしく見える人でしたが、一度何だったか、本社のかなり重要なことで互いの意見を言い合った時、最後に「なんでお前のような、黄色人種で、女で、年若い奴が、そんなことを言うのだ!」というようなことを言われました。
「ありゃ、出た!これがこの人の心底にある気持ちなんだ」と理解しました。白人の、有無を言わさぬ有色人種への差別感情は、まぁそれまでにもいくらか経験して知っていたので、さほど怒りはありませんでした。それより、「本社内で、この話題についての私の意見が、フェアー(公平に)に扱われればな」とだけ思いました。
さて、入社して1週間もたたぬうちから、とにかく商談の通訳を、数多くこなしました。ボスの言葉を日本語に置き換える時に、彼らの黄色人種への差別感情がなるべく日本の方に気づかれぬよう、さりげない配慮を欠かしませんでした。
しかし通訳を数多くこなすうちに、日本人の方が持っている差別感情にも気づきました。経済大国ニッポンの方々には、当時共産圏で、貧乏で、思想や表現に限りのあったチェコのことを「発展途上の後進国」、納期の遅さなどを理由に「共産思想のせいで怠惰になった民族」として、蔑(さげす)んでいる人がいたのです。私は、こちらもまたプライドの高いチェコ人に、露骨に伝わらぬよう気を遣いました。
しかし止められん時があります。
ある時、英語を全く解さない日本のお客様の前で、私のボスがあからさまに日本人をバカにした言葉を言いました。「どう繕(つくろ)おうか・・」ー私が考えるより先に、そのお客様が、ボスの顔つきと物腰で、「バカにされたこと」に気づきました。こうなると、もうダメです。
チェコ人は、何度生まれ変わっても「ごめんなさい」を言わない民族です。詫びる筈もないボスと、静かに怒るお客様。当然、この会社とのビジネスは、それっきりになりましたが、こんなことも、年に幾度かはありました。
両方の蔑み方を見るうちに、私は考えました。
「人が、他の人を差別するのは、なんでだろう???」
肌が黄色いといって、日本人をバカにするチェコ人。
貧しい共産国だといって、チェコ人をバカにする日本人。
どっちも、そーとーつまらない理由で、他人を見下しているわけで、恐らく「なぜだ、きちんと説明しろ!!」と詰問しても、理論立てて答えられる人はあまりいない。「ただなんとなく、フィーリングで」そう思っているからだ。
そして今度は、自分の中に同じような差別感情や、深いワケもなく何かを見下す部分がないかと、見つめるようになった。そうやって深く内省すると、己の中にも、結構くだらない差別思想が存在することに気づく。(当時の私は大酒飲みで、アルコールに弱い人のことを、「人生の喜びを半分知らない人種」とか言っていた・・(恥)。他にもいろいろ発見しました。)
逆に、商談を重ねるうちに、友情を育む場合も、勿論ありました。互いの違ったところを認め合いながら、次第に信頼関係が深まり、最後にはものすごく個人的なことまで話し合うようになる、お客様とボスの会話を通訳するのは、やりがいがあった。どちらも、その内容を私の「訳し具合」に預けて下さるわけだから、(酒席であっても)一層身を引き締めて、一言、一言、言葉を選んだ。こんな時は、お酒に強くて本当によかった、と思った。どれだけ飲んでも、酔って通訳できなかったことはない。(先に、日本のお客様が倒れこんでしまうことはしょっちゅーだったが
。)
そうだなぁ・・・、
思えば、チェコ人との商談(工場の人との打ち合わせも含め)には、
お酒が切っても切り離せない。はっきり言って、なかったら進まない。
これまでの人生に、チェコ人と一緒に飲んだアルコールの総量は
一体どれぐらいのものなんだろ・・!?
初めてそんなことを思う入社18年目のワタシであった。
カタい貿易最前線シリーズ、過去ログはこちら
貿易最前線より(1)
貿易最前線より(2)
貿易最前線より(3)
ほほ〜っと唸れるボヘミアンビールの話はこちらから
ボヘミアのビール(1)
ボヘミアのビール(2)
ボヘミアのビール(3)